2025年03月01日
2025年01月18日 - 晴

べらぼう

NHK 大河ドラマで 吉原が舞台 蔦屋重三郎を軸に展開 吉原に行ってみた 帰路浅草経由帰宅

吉原 絵図

隅田川方面から日本堤 吉原入口にある 見返り柳

復興 蔦屋重三郎 耕書堂に飾ってある花魁 高下駄

吉原神社 吉原があった場所は、現在の台東区千束3丁目~4丁目あたり 元和3(1617)年、徳川幕府の命によって、江戸市中各地に散在していた遊女屋は日本橋葦町あたりに廓として統合されました。これが「江戸元吉原」です。 その後、明暦3(1655)年の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、そこに新しく造られたのが「新吉原」ということになります。
 新吉原遊郭には古くから鎮座されていた玄徳(よしとく)稲荷社、それに廓内四隅の守護神である榎本稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、九朗助稲荷社が祀られておりました。
 この五社が明治5年に合祀されることになり「吉原神社」として創建されました。吉原神社の歴史は新吉原遊郭のそれと折り重なり、廓の鎮守の神として古くから崇敬されてきました。
 五社のなかでも 九朗助稲荷社の創建は古く、和同4(711)年、白狐黒狐が天下るのを見た千葉九朗助という人の手で元吉原の地に勧請されたのがはじまりとされています。そして廓の千束村への移転にともなって浅草新吉原の地にふたたび勧請されました。

ここ、花園池(弁天池)では 関東大震災の時、大火が起こり、当池に約490人の人々が逃れ、
溺れ死ぬ悲劇
が起きてしまいました。

帰路 浅草寺に 相変わらず大勢の参拝客

伝法院 五重塔とスカイツリー

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