車は廃車 今は移動手段は自転車 自宅から天現寺 品川方面に

久しぶりに泉岳寺に 慶長17年、徳川家康により建立された名高い曹洞宗寺院。浅野家代々の墓と赤穂義士四十七士の墓があり、「主税の梅」など赤穂義士ゆかりのものも点在します。討ち入り日の12月14日の義士祭は、全国から多くの参拝者が訪れる歳末の風物詩。4月1~7日には春の義士祭も行われます。

赤穂義士四十七士のお墓 境内に入るにはお線香代必要 5年ぐらい前から

中央通り 京橋から左折 日銀

常盤橋袂にある渋沢栄一像 今年7月から新一万円札肖像

泉岳寺から都心に 大手町 将門塚 平将門は平安時代中期に活躍した武将。民衆からの人気があり、篤い信望を受けていたと伝えられている。数々の戦いに勝利し、「新皇」を自称。関東地方で新国家の独立を宣言した。当然、朝敵となり939年、藤原秀郷と平貞盛によって討伐された。 その後、将門の首は京都に送られ、さらし首になった。「3日後。無念の死を遂げた将門の首は目を見開くと白い光を放ち、東の方角に飛び去り、現在の首塚がある付近に落ちた。すると辺りは夜のように真っ暗になり、大地は大きな音を立て揺れ動いたといわれています」

神保町・学士会館のそばに立つ大きな野球ボールを握った手の像。1873年にこの地に東京大学の前身開成学校で、アメリカ人教師ホーレス・ウイルソン氏が生徒たちに野球を教えことから、野球運動場の整備とともに全国へと広まっていった。2003年に日本野球伝来の功労者として野球殿堂入りしたウイルソン氏の功績と「野球発祥の地」として建てられた碑

15歳の時、松下村塾に入門。長州藩士として、高杉晋作らと尊皇捜夷運動、戊辰戦争で活躍した。
明治政府設立後、明治3年(1870年)、ロンドン、ドイツ等の欧州に留まり、次第に政治や経済に注目するようになった。像は、明治40年 (1907年)に設置された

戊辰戦争、西南戦争、日清戦争そして日露戦争と、いろいろな作戦に参加した大山巌元帥の銅像が、九段坂公園の西側に、設置されています。
白色の台座の上に、青銅色の大きな乗馬姿の銅像です

千鳥ヶ淵