恒例の月1回 散歩 今回も鎌倉 鎌倉を知る尽くしてる仲間がコースを歩く 鎌倉駅10:30分集合 今回のメンバー4名 うち1名は遅れて参加 まずは鶴岡八幡宮 参道の桜並木

今日は曇りの間の晴れ間 青空 桜が映える 今日は満開 鶴岡八幡宮まで続く「段葛(だんかずら)」は、源頼朝が妻・北条政子の安産を願って築いたとされるこの道は、約500メートルの美しい石畳と、両脇に整然と植えられた桜並木が特徴です



浄光明寺 足利尊氏が後醍醐天皇へ反旗を翻す直前籠もったと伝えられるお寺。鎌倉幕府第6代執権北条長時が建長三年(1251)真阿(真聖国師)を開山として創建されました

源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉に幕府を開いた大きな理由は、南は海に、北東西は山に囲まれ、敵の侵入を防ぎやすい地形だったからと言われています。
そこで物資運搬にために山などと切り開いて造った道が「切通し(きりとおし)」です。
鎌倉は七口の切通し 鎌倉と外部を結ぶ重要な要路して存在しました。 亀ヶ谷坂切通しは1240年(仁治元年)に北条泰時が造ったといわれています 車は通れず


長寿寺創建は14世紀初期、室町幕府の初代将軍・足利尊氏によるもので、自邸跡に建てられたこの寺は、尊氏の戒名「長寿寺殿」に由来します。その後、尊氏の四男で初代鎌倉公方となった足利基氏(もとうじ)が主要伽藍を整備し、寺院としての基礎を築きました。足利尊氏のお墓もあります




建長寺は鎌倉幕府第5代執権・北条時頼により創建された禅宗寺院で、建長5年(1253年)に落慶供養が営まれている。開山(初代住職)は南宋からの渡来僧・蘭渓道隆(大覚禅師)であった。当時の日本は、承久の乱 (1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定していた。京都にある朝廷の全国支配力は弱まり、政治的には鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代であった。北条時頼は熱心な仏教信者であり、禅宗に深く帰依していた。

北鎌倉駅前 円覚寺門前