2021年11月09日
2021年11月05日 - 晴れ

皇居 周回

自宅から四谷三丁目を右折 半蔵門に北の丸公園のもみじの紅葉を見に行くがまだ早い 職員に聞いたら12月始め位との事 乾門の交差点から竹橋方面に

この門から皇室の方たちが皇居に入る

千鳥ヶ淵公園を右折 土手にひと際目立つもみじあり 

北の丸公園の入り口にある近代美術工芸館  金沢に移転されてる               明治後期に建てられ、1997年に国の登録有形文化財に登録された木造の旧陸軍施設「旧陸軍第九師団司令部庁舎」(明治31(1898)年建造、元は司令部執務室)と「旧陸軍金沢偕行社」(明治42(1909)年、元は将校の社交場)を移築・活用。展示室部分はRC造で復元して新築し、外観は今回の移築改修に伴い判明した建築当時の色を再現しています。

竹橋を抜けると皇居東御苑入り口の一つである平川門 平川橋、皇居に残る橋でただ二つ、江戸時代の木橋の姿をそのまま残す「平川橋」欄干に残る擬宝珠(ぎぼし)です。よく見て頂くと、何やら文字が書かれています。この文字なんと、慶長期・寛永期の刻印!もともとは二重橋に備え付けられていたこちらの擬宝珠ですが、明治20年に橋が架け替えられた際、ここ平川橋に転用されました。江戸城関係最古の金石文と呼ばれています。

和気清麻呂像 昭和15年、紀元2600年記念事業として建立、楠公銅像とともに文武の二忠臣を象徴したものである

和気清麻呂像横にある銀杏 

江戸城の最上位に当たる正門として使われ、現在は皇居東御苑の入り口である「大手門」  1607(慶長12)年、築城の名手・藤堂高虎(とうどうたかとら)によって1年3ヶ月ほどかけて築かれました。 江戸城の玄関。      1620(元和6)年の江戸城修復に際し、伊達正宗(だてまさむね)らの力により現在のような桝形形式(ますがた=橋を渡ってから道は鍵型に屈曲する)の城門となった江戸城の正門。その警備は鉄砲30丁、弓10、長柄20という厳重なものだったとか

手前 二重櫓(にじゅうやぐら)が桜田巽櫓(さうらだたつみやぐら)。江戸城本丸の東南(辰巳=巽)の方向にあることが名の由来です。富士見櫓、伏見櫓と並んで江戸城に残る江戸時代の櫓のひとつで、三の丸に位置しています       置く遠くに見える 富士見櫓(皇居東御苑)は、江戸城本丸東南隅に位置し、江戸城遺構として残る唯一の三重櫓。現存する三重櫓は、1657(明暦3)年の明暦の大火(振袖火事)での焼失後、1659(万治2)年の再建。どの角度から見ても同じような形に見えることから、「八方正面の櫓」の別名も。天守焼失後の「代用天守」の櫓ともいわれています

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